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第1章 年の離れた従兄 第5話

作者: 花宮守
last update 最終更新日: 2025-02-09 17:40:55

 晧司さんは、間取りを説明しながら私を運んだ。建物は横に長くて、玄関から伸びる廊下の右側には寝室が二つ。晧司さんのものと、奥は私のために用意させたという。廊下の左側には、晧司さんの書斎と、ゲストルームとしても使える和室。これらの四つの部屋の入口は、途中で左右に分かれて伸びる廊下に面している。

 左右のどちらにも折れずまっすぐに進むと、右手にお風呂やトイレ、左手にキッチンを見ながら、リビングに出る。キッチンの向こうには、和室と向かい合う位置に洋室のゲストルームがある。ダイニングとほぼつながった形のリビングからは、光り輝く湖を一望することができる。

「素敵……」

 感嘆のため息を漏らす。ここで過ごしたら、本当に、もっともっと元気になれそう。

 彼はリビングで足を止めることなく、前方の階段へと進んだ。

「この別荘から見える、一番いい景色を見せてあげよう」

 その言葉は、誇張でも自慢でもなかった。もうひとつのリビングからテラスへと出て、手すりのところまで連れていってもらった。彼の腕の中から見る世界の美しさに、言葉を失った。果てがないかのように思える湖。緑豊かな山々。おいしい空気。時々、澄んだ鳥の歌声が天空へと昇っていく。

 ずっと私を抱えている晧司さんは、重そうな素振りを見せることもなく、息を飲んで見とれる私に付き合ってくれた。

「君は、ここにいるんだ。私と一緒に。いいね?」

 鳥の声にかき消されてしまうそうな小さな声。わずかに震えている。私が生きていること、共にこの景色を見ていることへの喜びと……仄見える執着。けれど、不快感や恐怖は感じない。彼が私に世界を教えてくれるなら、私の居場所はここ。

 返事をしたら、後戻りはできない。私は、自分の決断を信じて「はい」と答えた。

 そうやって始まった、蜂蜜のように甘い生活。恋人のように愛されているわけではないけど、ほかに表現のしようがない。何か記憶の手掛かりがないかと、三か月半の出来事を振り返るたび、私はおとぎ話に迷い込んでいるんじゃないかと疑いたくなる。

 入院中、映画の配信サービスを観るためだけに与えられた端末で、いろいろな映画を観た。それぞれを初めて観るものとして認識したけれど、以前の私が観たものもあったのかもしれない。昔ながらの童話を下敷きにした作品は、もとになった話の筋を覚えていた。その点についてお医者様は、「おとぎ話は、普遍的なものを包含していますからね。無意識の共通の記憶とでもいいますか……」と、とても興味深い話をしてくださった。退院の時に三冊もプレゼントしてくださった、その関係の本を、毎日少しずつ読んでいる。

 日本にも外国にも童話、昔話はたくさんあるけれど、晧司さんの言動は完全にプリンス・チャーミングのそれ。今朝だって、「君がここにいる。私にはそれが何よりも大切なことなんだ」なんて……。

「ほんとかな……」

 テラスでの朝食を済ませ、いったん引き上げてきた自分の部屋。ベッドに腰かけ、呟いた。

 今日は初めて、食器洗いもお手伝いした。終わると、丁寧にハンドクリームを塗り込まれた。「自分でできます」と言っても、彼は聞かない。私の指を、心を込めて一本一本、大切に扱ってくれるのは嬉しいんだけど……普通ではない思い入れも感じる。

 彼の、指輪の跡。一人で遠くを見ている時の、悲しそうな横顔。

 晧司さん。あなたが見つめているのは、誰ですか? 失われた指輪で結ばれていた相手? 私は、その人の代わりなの?

 あなたの心が知りたい。自分の記憶よりも。

 幼い頃から溺愛している従妹に過ぎないと断言されることを、私はどこかで恐れているのかもしれない――。

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